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三十代の頃、眠れない時、平原綾香のCDを子守歌にしていた。

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三十代の頃、
病状は今より
もっと悪かった。

安定剤の種類も多く、
5種類位
服用していた。

眠剤や便秘薬も
飲んでいた。

作業所に
通っていたのだが、
丁度30歳の時から
独り暮らしを始めた。

独り暮らしを
しながら作業所に
通うのは大変だった。

眠れない時も
良くあった。

そうした時は、
平原綾香のCDを
子守唄にしていた。

オデッセイから
始まって、
ザ-ボイス、
4つのエルと
連続でかけていた。

兎に角、
平原綾香の
ウタなしでは
生きていけない
時季だった。

作業所から帰ると、
平原綾香のアルバムを
連続でかけて、
寝る時も子守唄と
していた。

本当に、
平原綾香さんには
お世話になったのだ。

いつか、
彼女に直接逢える
ことがあれば、まず、
感謝のコトバを伝えたい。

あなたのウタで
救われました、
ありがとう、と。

私にとっては、
平原綾香が
Saviouress
だったのだ。